愛宕山参道及び男坂・女坂
標高26mの愛宕山の頂上に祀られた愛宕神社へと上がる、86段の急勾配の石段と、右手にある107段の緩勾配の石段及び、現在の愛宕下通りから石段へとつながる道です。
江戸時代の人々は、通りに沿って流れる桜川に架かる橋を越え、愛宕神社に係る仏事を勤める別当の円福寺とその配下の寺院の間に整えられた参道を進み、鳥居を潜って石段を上り愛宕神社に参詣しました。麓の川を渡り参道を進んで石段を上り社殿へ進む参詣路は総本社である京都の愛宕神社と同じ構造です。
明治時代の神仏分離により愛宕神社は寺院と分離し独立、円福寺は廃寺、残った配下の寺院の鏡照院は同宗派の真福寺の配下となりました。寺院の跡地は門前町屋となり、桜川も暗渠となって橋は無くなりましたが、参道は残り、現在に至ります。明治以降も参道として石造物の移転や設置が行われました。鳥居は平成期に建て直されたものですが、前の鳥居と同じ形になっており、昔日の面影を残しています。